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金沢学 2019年6月講座「茶の湯がつなぐ金沢の文化」 [学び&本]

今月も市民公開講座「金沢学」に合わせて帰省。

6月のテーマは「茶の湯がつなぐ金沢の文化」
講師は茶道裏千家今日庵業躰(ぎょうてい)の奈良宗久氏。

金沢は茶の湯に必要なものがすべて揃う日本全国を見ても珍しい土地柄。
(茶道具としての九谷焼、輪島塗などを始め、和服の加賀友禅、和菓子どころでもある)

奈良氏は、大樋焼の大樋陶冶斎(十代年朗)の次男。

※大樋焼について(大樋長左衛門窯の公式サイトより引用)
 寛文6年(1666)、加賀藩主五代前田綱紀侯(1643-1724)のもとに茶堂茶具奉行として仕官した裏千家四世仙叟宗室は、楽家四代一入の弟子であった土師長左衛門を茶碗造り師として金沢に同道し、楽焼の技法を伝えさせた。仙叟は45歳、長左衛門は37歳。この時より河北郡大樋村(現金沢市大樋町)に窯を開いたのが大樋焼の始まりで、長左衛門は仙叟の指導のもとに茶道具を創作する。よって初代の作品はほとんどが仙叟好みということになる。

裏千家と大樋窯のつながりがうかがえるエピソードとして、月心寺(山上町)に四代仙叟と初代大樋長左衛門の墓が隣同士で設置されているとのこと。

さて、金沢の文化面の基礎を築いたキーパーソンは綱紀侯。
御細工所を設け、城下の人たちに製作を依頼したことにより、城内と城下が交流することになったのが加賀藩の特徴でもある。
金沢には能楽堂や能美術館があり、今も能の公演が定期的に開催されていますが、初代利家のときは金春流で、綱紀のときに今の宝生流に変わったとのこと。

金沢ゆかりの哲学者、西田幾多郎と鈴木大拙はともに禅の研究家。
禅は茶の湯とも深い関わりがあり、臨済宗の祖・栄西禅師は『喫茶養生記』の中でお茶を飲む習慣を日本に伝えたと言われています。

(翌日の北國新聞の記事)
20190615 金沢学.jpg

受講後、母の老人ホームに向かう途中に立ち寄った好古庵(大手町)。

     20190615 千仙叟宗室邸跡1.jpg

裏千家四代千仙叟宗室の屋敷跡地でもあり、九代大樋長左衛門が晩年を酢gした場所でもある。
今は、奈良氏が稽古場として使っているとのこと。

20190615 千仙叟宗室邸跡2.jpg

私も13年前に金沢を離れるまでは、茶道を習っていました。金沢では少数派の表千家ですが。
話を聞いているうちにまた茶道の世界に戻りたくなりました。


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タグ:金沢 茶道
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